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スンミスタイルの歴史③

現在→過去の順で、

"スンミスタイル" 独自の

クリチャーズチューニング

が出来るまでの道のりを綴っています。

最初に綴ったのは・・・

"自由"

あなたにとってこの "自由" って

何だと思いますか??

この内容はこちらをどーぞ→✨自由な時代へ◎

そして、

スンミスタイルの歴史。

英語表記は『Sunme Style』です。

名前の由来と医療業界に居た時のお話

スンミスタイルの歴史①

 スンミスタイルの歴史②

さて、今日はスンミスタイルの歴史の続きです。

〜〜スンミスタイルの歴史③〜〜

ホームヘルパーの資格を取得した私は、

重度訪問介護事業所へ勤め始めました。

そこで初めて知った

『ALS=筋萎縮性筋萎縮性側索硬化症』

脳から運動神経への指令が伝わらなくなる

進行性の難病。

そして、

"人口呼吸器を付けて延命治療を選択" された方々の

ホームヘルパーをさせて頂くことになりました。

ALSについて書いている記事はこちら

私が担当させて頂いたのは過去のブログにも書いたように、

3名の方々を担当させて頂いてました。

1人は40代の"息子"という立場。

1人は60代の"父親"という立場。

1人は90代の"母親"という立場。

私がホームヘルパーに入った時には、

3名共、寝たきりの状態。

『◯◯さん、初めまして!

本日からヘルパーとして担当させて頂きます腰です!

先輩やご家族の皆さまにご指導頂きながら、

お仕事覚えていきますので、どうぞよろしくお願い致します!』

ご挨拶をすると・・・

『若い娘が来たけど大丈夫かね?』

と不安そうな声が届きました。

いえ、実際には"" を出すことができません。

その方は

眼球とおしりの筋肉、そして手の指先をわずかに、

自分の意思で動かせる状態。

でも、不思議なことに・・・

"" が届くんです。

"私の心" と反映しているのかもしれないけれど・・・

『よろしく頼むよ!』

『本当に大丈夫かね?』

そんな "心の声" がひしひし伝わってくるので、

何をするにも全てにお声がけしていました。

「◯◯さん、これから目薬をさしますね!

しみませんでしたか?大丈夫でしたか?」

「◯◯さん、お身体の向きを変えますね。

痛くないですか?かゆみはないですか?

ちょっとお背中さすりますね。

足の向きを変えますね。

ちょっとマッサージしますね!

力加減は大丈夫ですか?」

・・・・・ 

"" という術。

その術での意思疎通は出来ない状態だったので、

お声掛けをしては、  

ご本人の "眼の動き"  や

"わずかな指先の動き

そしてご本人そのものから出ているモノ

"感じながら"

"私の五感" はフル回転し、

相手の氣持ちをキャッチしようとしていたことを、

今でもよく覚えています。

"瞳の奥にあるモノ"  

をよく感じていました。

・・・・・

喉に穴を開けて、人工呼吸器。

胃に穴を開けて、流動食。

尿道に管を通す尿道カテーテル。

・・・・・

当時の私は、そのお姿を見ているだけで、

痛々しく感じ取ってしまい、 

ネットで術後の痛み具合、

病状が進行していくにつれての

痛みの感じ方などをよく調べていました。

声は出せずとも、"意思" もある。

口から物を食べられずとも、"" もある。

身体が動かせずとも、"" もある。

"一生懸命生き・生かされている"

今、私の目の前に居る方に、 

・・・私は一体何ができるのだろう・・・ 

 

・・答え無きループの中へ、

    どんどん堕ちていきました・・ 

 

でも嬉しいことも沢山ありました。

週に2回〜3回、ホームヘルパーとして

足を運び、コミュニケーションを取っていくにつれ、

少しずつ、少しずつ、 

意思疎通ができてきた  

"瞬間

というものが、

それぞれの利用者さん方にあります。

そして利用者さん方だけでなく、

そのご家族の方々とも・・・ 

"表向き" はとっても明るいご家族なのですが、

会う回数を重ねていくにつれて、

"悩み" を打ち明けて下さるようになり、

利用者さんだけでなく、ご家族の方の

"心のケア" もさせて頂いていたのだなぁと、

今こうして振り返りながら氣づかされます。

60代の男性Aさんは、最初、

私が何をするにも、どこに行くにも、

ずーーーーーっと目で行動を追っていました。

無言の視線です。それが結構 "強い"

・・・

(そりゃそうだよね!初めて来る若いヘルパーがこれから一体どんな仕事をするのか?ちゃんと仕事はできるのか?変なことはしないだろうか?色々不安になるよねぇ・・・) 

・・・

"私の心の中" でそんな会話をしながら、

まずは信頼関係を築こうという思い一心で

お仕事をさせて頂いていました。

そして、

ある時から私のことを目で追うことはなくなり、

大好きなドラマを、

夢中で視聴するようになったAさん。

あれだけ"強い視線" を送っていたAさんが、 

安心した様子で眠っている姿を見た時は、

本当に嬉しかったです。そして、

私が毎回のように話しかけるおチャラけた内容に

笑って下さるようになったり、

ある時は涙を流されたり・・・ 

もう上げればきりがないのですが、

"一瞬" "一瞬" に感動していたことを

この文章を綴りながら思い出します。 

・・・・・

90代の女性Bさんは、

ずっと眠った状態で、

目を開けているお姿を私は見たことがありません。

先輩からどんどん耳も遠くなっているから、

大きな声でお声がけしてね!

と教えて頂き、お声がけを続けていました。

毎回、真横を向きながら眠っているのですが、

ある時、

いつもの様にお声がけをすると、

あたたかぁ〜い空氣に包まれた感覚になりました。

"あぁ、伝わっているんだなぁ。"

と感じた瞬間でした。 

・・・・

40代の男性Cさんは。

ご両親がご高齢でした。

そしてお父様も胃瘻をされていらっしゃいました。

なのでお母様が、

ご主人と息子さんの介護を続けていらっしゃる状況。

めちゃくちゃ明るいお母様なのですが、

その息子さんもとっても明るくて。 

ちょっと声が出せるので、

笑ったりすると「あー」っと

"" が届きます。

何か伝えたい時も「あー」って

"" が届くし、会話しています。

その彼は、

凄く"繊細な心" を持っているのがわかりました。

家族の心、

ヘルパーの心、

デイサービススタッフの心を、

"瞬時にキャッチ" し、

"明るく振舞っている" ことが、

何故か当時の私には伝わってきていました。 

 

・・・・・ 

 

お仕事にも少しずつ慣れてきたある日、

私は先輩ヘルパーさんに質問しました。

「◯◯先輩。氣になることがあって・・

聞いてもいいですか?」

「うん、いいよ!どうしたの?」

「◯◯さんはこのお仕事を長く続けていらっしゃると

聞きましたが・・・もしかして、

看取ってこられた利用者さんもいらっしゃいます

か?」

「・・・うん。何名かいらっしゃるよ。」

「・・・そうですか・・・

その後の家族の方々との関係性は、

どうされていらっしゃるんですか?」

「そうだねぇ・・・やっぱり深い関係になるから、

縁は切れていないし、お手紙のやりとりをしたり、

人によってはお会いすることもあるよ。」

「・・・そうなんですね・・・」

 

 

その後、

私はこのお仕事を自ら辞める事になります。 

 

・・・・・

 

これを読んで下さっている皆さまは、 

"" 

どんな暮らしをされていらっしゃいますか?

 

"" あることに "感謝" すると、 

きっと世界が大きく変化していきます。 

・・・・・

今回はALS難病の方のホームヘルパー時代を

綴っていきました。

 

そしてそのお仕事を辞めた理由は、

また次回・・・ 

 

最後までお読み頂き、

どうもありがとうございました💓🌈

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